UNEMPLOYED ECONOMICS

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『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編(第3版)』第Ⅵ部読了

『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編(第3版)』(N・グレゴリー・マンキュー著、東洋経済新報社)の第Ⅵ部「労働市場の経済学」を読み終わったので、内容を軽くまとめておきたいと思います。
第18~19章については既にまとめたので、今回は第20章「所得不平等と貧困」ですね。

 

 

この章で重要なのは、やはり第2節「所得再分配に関する政治哲学」ですね。

市場経済(market economy)」のシステムを採用すると必然的に所得格差が生まれてしまうのであれば、政府は所得の再分配を行ったほうが良いのでしょうか?

 

功利主義(utilitarianism)」と呼ばれる考え方では、財の消費量が増えるにつれて、財の消費を1単位多く追加することによる効用(=限界効用)は減少してしまうという「限界効用逓減の法則(law of diminishing marginal utility)」を基にして、所得の再分配は正しいと考えます。

高所得者にとっての1ドルと低所得者にとっての1ドルは、同じ1ドルでも価値が異なります。

高所得者が1ドル失うことによる幸福(=効用)の減少分と低所得者が1ドル得ることによる幸福の増加分を比較すれば、明らかに低所得者の増加分の方が大きいでしょうから、高所得者から低所得者に所得を分配すれば、社会全体の幸福は増加することになります。

ですから、政府は所得の再分配を行うことで「最大多数の最大幸福(the greatest happiness of the greatest number)」を実現するべきですが、だからといって完全に平等にしてしまうと、労働へのインセンティブが失われてしまって社会全体の所得が減少してしまいます。

よって功利主義では、政府は社会全体の所得が減少しない程度に、所得の再分配を行うのが正しいということになります。

 

リベラリズム自由主義、liberalism)」と呼ばれる考え方では、誰もどんな能力を持って生まれるか、どんな家庭環境に生まれるかなどはわからないという「無知のベール(veil of ignorance)」を基にして、所得の再分配は正しいと考えます。

これは、悲惨な境遇に生まれてしまうというリスクに対する「社会保険(social insurance)」であると考えることができます。

病気・障害・老齢・失業などで貧困に陥るリスクは誰にでもあるのですから、社会保障制度によって高所得者から低所得者に所得を分配することで、社会全体にリスクを分散させることができます。

功利主義が社会全体の効用を最大化しようとするのに対して、リベラリズムは最も貧しい人の効用を最大化しようとします(これを「マクシミン原則(maximin criterion)」といいます)。

よってリベラリズムでは、政府は貧困撲滅のため積極的に、所得の再分配を行うのが正しいということになります。

 

リバタリアニズム自由至上主義、libertarianism)」と呼ばれる考え方では、そもそも政府に所得の再分配を行う権利はないと考えます。

不公正に得られた所得なのであれば別ですが、公正に得られた所得なのであれば、政府にその所得を奪う権利はありません。

どんなに所得の不平等があっても、それが公正な競争の結果なのであれば公平であり、貧しい人に所得を再分配するのは不公平です。

機会の平等は重要ですが、結果(=所得)の平等は重要ではありません。

よってリバタリアニズムでは、政府は貧困があっても放置し、所得の再分配を行わないのが正しいということになります。

 

ここで気をつけておかなければならないのは、この教科書での自由主義アメリカにおける用語法だということです。

ジョン・ロールズ(John Bordley Rawls, 1921-2002)以前にも自由主義は当然あったわけで、「古典的自由主義(classical liberalism)」では、政府は経済を市場メカニズムに任せて干渉すべきではないという「レッセフェール(自由放任主義、laissez-faire)」が正しいと考えていました。

それに対して、経済における政府の役割を重視する「ニューリベラリズム(new liberalism)」が台頭して主流となったので、こちらが現在ではリベラリズムとなり、古典的自由主義は現在ではリバタリアニズムとなっているわけです。

いったんは廃れた古典的自由主義ですが、1970年代には「新自由主義(neoliberalism)」として復活し、急激に勢力を盛り返していきます。

アメリカのリベラリズムに相当するのが「社会自由主義(social liberalism)」、リバタリアニズムに相当するのが新自由主義であり、社会自由主義勢力は政府の役割を拡大する「大きな政府(big government)」を目指し、新自由主義勢力は政府の役割を縮小する「小さな政府(limited government)」を目指すということになります。

 

私は、「何が正しいか」ではなくて「何がうまくいくか」で判断するべきなのではないかと思います。

政府が所得の再分配を行わなければ、経済全体の総需要が減少してしまうので、うまくいかないのではないでしょうか。

総需要が不足しているような状況では、むしろ積極的に所得の再分配を行うべきなのではないかと思います。

 

※注:2018年12月10日にAmebaブログにて投稿した記事を転載しています。