UNEMPLOYED ECONOMICS

失業中で暇な人が経済学を学んでいくブログです。

BS朝日『昭和偉人伝「田中角栄 生誕100年」』

録画しておいたBS朝日『昭和偉人伝「田中角栄 生誕100年」』を視聴しました。

 

2016年に『天才』(石原慎太郎著、幻冬舎)がベストセラーになるなど、数年前から田中角栄(たなか・かくえい)がブームになっていますね。

 

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田中角栄は「保守本流」と呼ばれる政治家の一人ですから、世の中には保守本流の復活を望む声が少なからずあるということだと思います。

 

この保守本流とは何かというと、話は1955年の「保守合同」にまでさかのぼります。

この年、吉田茂(よしだ・しげる)が率いていた「自由党」と鳩山一郎(はとやま・いちろう)が率いる「日本民主党」が合同して「自由民主党」が結成されました *1

なぜ保守合同が行われたのかというと、右派・左派に分裂していた日本社会党が、同じ1955年に「社会党再統一 *2 」によって統一されたからです。

革新政党である日本社会党による政権奪取の可能性も出てきたため、保守勢力も合同することでこれに対抗し、ここに「55年体制」と呼ばれる自民・社会両党を中心とした政治体制が確立したのでした。

 

自由党から自民党に参加した国会議員には、後に内閣総理大臣となる池田勇人(いけだ・はやと)・佐藤栄作(さとう・えいさく) *3田中角栄大平正芳(おおひら・まさよし)・鈴木善幸(すずき・ぜんこう)・宮澤喜一(みやざわ・きいち)といった人物がいました。

日本民主党から自民党に参加した国会議員には、後に内閣総理大臣となる石橋湛山(いしばし・たんざん)・岸信介(きし・のぶすけ)・三木武夫(みき・たけお)・福田赳夫(ふくだ・たけお)・中曽根康弘(なかそね・やすひろ)といった人物がいました。

自民党に参加した議員たちは「派閥」と呼ばれる議員グループを形成していましたが、1960~70年代にかけて「三木派(政策懇談会)」「田中派木曜クラブ)」「大平派(宏池会)」「福田派(清和会)」「中曽根派(政策科学研究所)」の五大派閥 *4 に収斂(しゅうれん)していきます。

自由党の流れをくむ田中派・大平派は自民党内の主流派であったため「保守本流」、日本民主党の流れをくむ三木派・福田派・中曽根派は非主流派であったため「保守傍流」と呼ばれていました。

日本民主党の流れをくむ政治家が自主憲法の制定や防衛力の強化といった「タカ派」の主張をすることが多かったのに対して、自由党の流れをくむ政治家は軽武装・経済重視といった「ハト派」の主張をすることが多かったので、保守本流という言葉は自民党内の主流派という意味を超えて、軍事よりも国民の生活を重視し、公共事業や社会保障制度によって富の再分配を目指す政治的立場を指す言葉として定着していきました。

ですから、保守本流という言葉には、「社会自由主義(リベラル)」や「保守左派」といった言葉に近いニュアンスが含まれているわけですね。

 

かつての自民党では主流派であった保守本流ですが、1980年代以降は新自由主義の台頭により、次第に主流派の座から滑り落ちていきます。

1992年には田中派の流れをくむ「竹下派経世会)」が「小渕派経世会)」と「羽田・小沢派(改革フォーラム21)」に分裂し、翌1993年には羽田・小沢派が自民党を離党したため弱体化してしまいました。

2000年には大平派の流れをくむ「加藤派(宏池会)」が、森内閣打倒を目指した「加藤の乱」への対応を巡って「加藤派(宏池会)」と「堀内派宏池会)」に分裂し、弱体化してしまいました。

2001~2006年の小泉内閣の下では、福田派の流れをくむ「森派清和政策研究会)」が力を伸ばしていき、2005年には小渕派の流れをくむ「橋本派平成研究会)」を抜いて党内第一派閥となっています。

かつて保守傍流と呼ばれていた勢力が今では自民党の主流派となっており、またそれ以前の問題として、そもそも保守本流のような政治的主張をする議員が非常に少なくなってしまいました。

ある程度の年齢以上の人であれば、「今の自民党は昔の自民党となんか違うなぁ・・・」と感じるのではないかと思いますが、それもそのはずで、かつての自民党のような保守本流の考えを持っている人は、主に「民主党」から出馬するようになっていたのです。

 

2009年には民主党が政権を奪取し、保守傍流の流れをくむ自民党保守本流の流れをくむ民主党の二大政党の時代になるかと思われたのですが・・・。

政権運営に失敗した民主党は、今では立憲民主党・国民民主党などに四分五裂しており、残念ながら政権交代の可能性はほとんどありません。

このような政治状況に対して、少なからず違和感を感じている人は多いのではないかと思いますし、高度経済成長期への郷愁と相まって田中角栄ブームとなって表れているのではないでしょうか。

 

個人的には、田中角栄さんはあまり好きな政治家ではありませんが、1973年を「福祉元年」と位置付けて社会保障制度の拡充を図ったことなどは、高く評価されるべきだろうと思います。

小泉内閣安倍内閣では社会保障関係費の伸びが抑制されており、田中角栄さんの再来を望むのであれば、少なくとも今の自民党には投票すべきではないように思うんですけどねぇ・・・。

 

※注:2018年8月7日にAmebaブログにて投稿した記事を転載しています。

*1:この時すでに自由党総裁は緒方竹虎(おがた・たけとら)に交代しており、吉田茂はいったん無所属になったのち、1957年に自民党に入党しています。

*2:なぜ「再」統一なのかというと、1950年に分裂して統一され、1951年に再分裂しているからです。

*3:吉田茂と共にいったん無所属になったのち、1957年に自民党に入党しています。

*4:派閥領袖の名前から一文字ずつ取って、「三角大福中」と呼ばれていました。