UNEMPLOYED ECONOMICS

失業中で暇な人が経済学を学んでいくブログです。

NHK Eテレ『欲望の経済史 ~日本戦後編~』第1~3回

録画しておいたNHK Eテレ『欲望の経済史 ~日本戦後編~』の第3回までを視聴しました。

 

内容としては、第1回「焼け跡に残った戦時体制 終戦~50s」、第2回「奇跡の高度成長の裏で 60s」、第3回「繁栄の光と影が交錯する 70s」というサブタイトルが示す通り、終戦から1950年代・60年代・70年代の日本経済の光と影を振り返るというものでした。

各回に貫かれているのは、終戦の1945年に新しい日本経済がスタートしたのではなく、戦時中の1940年ごろに作られた仕組み(「1940年体制」)が戦後の日本経済を導いたとする、野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の理論です。

 

私が興味を持ったのは、インフレ(インフレーション)についてですね。

第二次世界大戦により壊滅的な打撃を受けた国内産業を復活させるため、「傾斜生産方式」と呼ばれる経済政策が採られることになります。

1947年に復興金融金庫が設立され、復興金融債(復金債)を発行して日本銀行に直接引き受けさせ、確保した資金を石炭・鉄鋼などの重点産業に集中して投入しました。

その結果、日本の鉱工業生産は回復するのですが、激しいインフレ(復金インフレ)が発生してしまいます。

1949年に「ドッジ・ライン」と呼ばれる財政・金融引き締め政策が行われてインフレは終息しますが、その代わりに「安定不況(ドッジ不況)」と呼ばれる不況が発生してしまいます。

その後1950年に朝鮮戦争が始まったため、いわゆる「朝鮮特需」によって奇跡的に好景気になったわけですが、やっぱりこういうやり方は良くないということがわかりますね。

1947年までは国債の日銀引き受け、1949年までは復金債の日銀引き受けが行われたわけですが、このような方法による資金調達に頼ると、歯止めが効かなくなってしまって激しいインフレを引き起こしてしまいます。

そして、インフレを抑えるために財政や金融の引き締めを行うと、今度は不況に突入してしまうわけです。

ネット上には、「日銀に国債を直接引き受けさせて、大規模な財政出動を行う!」といった政策を主張する人がいますが、きちんと歴史を踏まえた上で考える必要があるのではないかと思います。

 

激しいインフレは、1970年代にも起こっています。

1972年7月7日に成立した田中角榮内閣の下で積極的な財政・金融緩和政策が行われたことにより、いわゆる「列島改造ブーム」が起きて急激なインフレが発生しました。

すでに物価上昇が社会問題化していたところに、1973年10月6日には第四次中東戦争が始まって「第一次オイルショック」が起こり、「狂乱物価」と呼ばれるような激しいインフレとなってしまいます。

1974年にはインフレ率(消費者物価指数の対前年上昇率)が23.2%に達し、実質経済成長率(実質GDPの対前年増加率)は-1.2%と戦後初のマイナス成長となっています。

ネット上には、「インフレになれば、好景気になる!」と信じて疑わない人がいますが、インフレだからといって必ずしも好景気とは限らないことがわかりますね。

「インフレだけど不景気」の状態は、「スタグフレーション(stagflation)」と呼ばれています。

インフレ対策のためには財政・金融の引き締めが必要だが、不況対策のためには財政・金融の緩和が必要という、ケインズ経済学ではうまく対応できないような状況に陥ってしまうわけですね。

番組では、日本の労働組合は「企業別組合」であり、労使協調で激しい賃上げ要求がなされなかったためにインフレが収まったといった説明がされていましたが、このあたりはちょっと疑問に思いました。

消費者物価の上昇に見合うだけの賃上げが行われなかったのであれば、労働者の生活は苦しくなって個人消費も落ち込んだのではないかと思うのですが、どのようにしてインフレを抑えつつ、うまく不況から脱したのだろう???

まあ、このあたりはこれからの勉強課題ですね。

 

NHK Eテレ『欲望の経済史 ~日本戦後編~』は、わかりやすくてかなりお勧めできる番組です。

そのうち再放送があると思いますので、見逃した人は必見ですね。

 

※注:2018年4月1日にAmebaブログにて投稿した記事を転載しています。