UNEMPLOYED ECONOMICS

失業中で暇な人が経済学を学んでいくブログです。

日本の出生数と合計特殊出生率(1947~2015年)

前回は、生産年齢人口の減少が日本の潜在成長率の低下につながっていることを確認しました。

それでは、なぜ日本の生産年齢人口は減少してしまったのでしょうか?

 

・・・というわけで、厚生労働省ホームページで戦後日本の出生数と合計特殊出生率を調べてみました。

 

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出典:厚生労働省人口動態調査

 

第二次世界大戦のため1944~1946年のデータがありませんので、今回は1947年以降のグラフを作ってみました。

2014年以前は確定数、2015年は概数となっています。

合計特殊出生率」というのは、一人の女性が一生の間に生む子どもの数のことです。

将来的に人口を維持していくために必要な合計特殊出生率を「人口置換水準」といい、国立社会保障・人口問題研究所によると、日本では2001年以降2.07と推計されています。

 

1947~1949年に非常に出生数が多くなっていますが、これが「第一次ベビーブーム」で、この期間に生まれた世代を「団塊の世代」と呼びます。

1971~1974年にも出生数が多くなっていますが、これが「第二次ベビーブーム」で、この期間に生まれた世代を「団塊ジュニア」と呼びます。

本来ならば、団塊ジュニアが出産適齢期を迎えるころに「第三次ベビーブーム」が起こるはずですが、それが起きていないところが重要ポイントです。

 

1966年は「丙午(ひのえうま)」の年に当たり、この年に生まれた女性は気性が激しく夫の命を縮めるという「丙午の迷信」の影響で、出生数・合計特殊出生率ともに激しく低下しています。

1974年以降は合計特殊出生率が人口置換水準 *1 を下回り続け、1989年には丙午の年すら下回る1.57を記録したことで「1.57ショック」と呼ばれました。

たまに、不況のせいで少子化になっていると勘違いしている人がいますが、日本が高い経済成長をしていたころから、すでに少子化は進展していたのですね。

 

この時点で抜本的な対策を行っていれば、少しは状況が良くなっていたのかもしれませんが、2005年には戦後最低の合計特殊出生率1.29を記録してしまいます。

その後、団塊ジュニアの駆け込み出産などの影響もあり、合計特殊出生率が少し回復しましたが、2015年は1.46と人口置換水準をはるかに下回っている状況です。

結局のところ、国民が政治に対して「少子化対策」ではなく「景気対策」を求め続けたことが、現在の苦境につながっているというわけですね。

 

※注:2016年9月1日にAmebaブログにて投稿した記事を転載しています。

*1:1974年の人口置換水準は2.11です。