UNEMPLOYED ECONOMICS

失業中で暇な人が経済学を学んでいくブログです。

日本銀行の金融政策(1990年代)

さて、ここで議論をよりわかりやすくするために、日本銀行のこれまでの金融政策を振り返っておきましょう。

 

かつて日銀は、中央銀行が民間金融機関へ貸し出しを行う際の金利である「公定歩合(こうていぶあい)」を操作することによって金融政策を行っていました。

民間金融機関の金利公定歩合と連動するように規制されていたので、公定歩合を引き下げることで企業への貸し出し金利を引き下げることができます。

そうすれば、企業はお金を借りやすくなって設備投資などもしやすくなり、景気が良くなるというわけですね。

1991年にバブル景気が崩壊した後は公定歩合がどんどん引き下げられて、1990年に6%だったのが1995年には0.5%になっています。

 

しかし、1994年に金利が完全自由化されたことで、もはや公定歩合操作によって金利をコントロールすることは難しくなりました。

そこで日銀の金融政策は、金融市場で有価証券を売買することによって金利をコントロールする「公開市場操作」がメインとなりました。

 

民間金融機関では、日々の取引によって手元資金が余ったり足りなくなったりするので、「コール市場」と呼ばれる市場を使って、金融機関同士で短期の資金を融通し合っています。

最も代表的な取引が、「無担保コール翌日物(むたんぽコールよくじつもの)」とか「無担保コールO/N物(むたんぽコールオーバーナイトもの)」とか呼ばれているもので、「今日借りて、明日返す」という超短期の取引が行われています。

日銀が民間金融機関から国債などを買い上げて資金を供給すれば、民間金融機関はコール市場で資金調達する必要がなくなるので、無担保コール翌日物金利は下がっていきます。

1998年には日銀による無担保コール翌日物の誘導目標金利は0.25%とされ、翌1999年には0.15%に引き下げられて、いわゆる「ゼロ金利」政策が導入されました。

 

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出典:日本銀行基準割引率および基準貸付利率(従来「公定歩合」として掲載されていたもの)の推移」「金融市場調節方針に関する公表文

 

しかし、金利がほぼゼロになってしまったので、これ以上は金利を引き下げることによる金融緩和はできません。

今から15年以上も前に、すでに日銀の金融政策は行き詰ってしまっていたわけですね(涙)

 

※注:2016年7月4日にAmebaブログにて投稿した記事を転載しています。