UNEMPLOYED ECONOMICS

失業中で暇な人が経済学を学んでいくブログです。

放送大学『現代経済学('19)』第2~3回

録画しておいた放送大学『現代経済学('19)』の第2~3回を視聴しました。

 

第2回で取り上げられたノーベル経済学賞受賞者は、ジョン・ヒックス(John Richard Hicks, 1904-1989)、ケネス・アロー(Kenneth Joseph Arrow, 1921-2017)、ジョン・ナッシュ(John Forbes Nash Jr., 1928-2015)でした。

ヒックスは1939年の『価値と資本(Value and Capital)』などで知られ、「IS-LMモデル」や「流動性の罠」でも有名ですね。

アローは「アローの不可能性定理」、ナッシュは「ナッシュ均衡」にその名を残しています。

天才数学者であるジョン・ナッシュの生涯は、『ビューティフル・マインド(A Beautiful Mind)』という映画にもなっています。

 

第3回で取り上げられたノーベル経済学賞受賞者は、ロバート・ソロー(Robert Merton Solow, 1924-)、ロバート・ルーカス(Robert Emerson Lucas Jr., 1937-)、エドワード・プレスコット(Edward Christian Prescott, 1940-)でした。

ソローは「ソローモデル」と呼ばれる経済成長理論で知られ、経済成長率を資本増加率、人口増加率、技術進歩率の合計と考えました。

技術進歩率は外生的に与えられる変数であるため、このモデルは「外生的成長理論」とも呼ばれます。

ルーカスは「合理的期待形成仮説」と呼ばれる理論を打ち立てて、「ケインズ経済学(Keynesian Economics)」を経済学界から事実上葬り去ってしまいました *1

プレスコットは「リアルビジネスサイクル理論」で知られ、合理的期待を形成する代表的個人や貨幣の中立性を仮定すれば、非自発的失業は存在せず、政府の財政金融政策は無効となると主張しました。

 

ルーカスやプレスコットといった経済学者は、「新しい古典派(new classical economics)」と呼ばれる経済学派に分類されています。

これは「新古典派経済学(neoclassical economics)」の一派で、ケインズ経済学の側も「新ケインズ派(new Keynesian economics)」が対抗しているのですが、いずれにせよ「マクロ経済学のミクロ的基礎付け」を重視して、元々のケインズ経済学とは離れていったようです。

本来のケインズ経済学を受け継いでいるのは、「ポストケインズ派(post-Keynesian economics)」と呼ばれている学派で、最近話題になっているMMT(現代貨幣理論、modern monetary theory)は、ポストケインズ派の経済学者(ポストケインジアン)たちによる理論ですね。

 

・・・まったく、「ニュー」とか「ネオ」とか「ポスト」とか、むちゃくちゃ紛らわしいんですけど(汗)

ざっくり整理すると、新しい古典派などの新古典派経済学と新ケインズ派が「主流派経済学」、ポストケインズ派マルクス経済学が「非主流派経済学」ということになるのでしょうか。

非主流派経済学はほとんど無視されているわけですが、少数派だからと言って必ずしも間違っているということではないので、ポストケインジアンたちの巻き返しも十分にあり得るだろうと思います。

科学において正しいとされてきたことが、あっさりひっくり返ることはしばしば起こるので、教科書に載っていることを妄信せず、いろいろな考え方を学ぶことが重要なのかなと思います。

*1:1980年には「The Death of Keynesian Economics(ケインズ経済学の死)」という文章を発表しています。

放送大学『財政と現代の経済社会('19)』第2回

録画しておいた放送大学『財政と現代の経済社会('19)』の第2回「国家の役割とは何か」を視聴しました。

 

市場経済を重視するか、政府の市場への介入を重視するかという対立は、アダム・スミス(Adam Smith, 1723-1790)から始まる「古典派経済学」とアドルフ・ワグナー(Adolf Heinrich Gotthilf Wagner, 1835-1917)などの「ドイツ財政学」へと遡れるのですね。

政府の市場への介入を重視する立場としては、ジョン・メイナード・ケインズJohn Maynard Keynes, 1883-1946)が「ケインズ経済学」を打ち立てたのですが、ミルトン・フリードマンMilton Friedman, 1912-2006)が「マネタリズム」で巻き返し、現在では合理的期待形成学派や新古典派マクロ経済学といった市場経済重視の方向が有力になっているわけですね。

 

リチャード・マスグレイブ(Richard Abel Musgrave, 1910-2007)は、財政の三機能として「資源配分機能」「所得再分配機能」「経済安定化機能」を挙げました。

資源配分機能は、公共財、外部性、独占・寡占、平均費用逓減、情報非対称性などに関する「市場の失敗」に対応するためのものです。

所得再分配機能は、累進課税社会保障制度により経済的格差を是正するためのものです。

経済安定化機能は、不況時には減税や財政支出の拡大、好況時には増税財政支出の縮小を行うことで、景気変動の影響を抑えるためのものです。

 

これに対して、この授業では「体制安定化機能」「経済成長促進機能」「生活保障機能」「規制機能」の四つを挙げていました。

私は、現在においても経済安定化機能は、重要な財政機能の一つなのではないかと思っています。

しかし、これはあくまでも景気変動の影響を抑えるためのものであり、経済成長を促進するためのものではありません。

持続的な経済成長を実現するためには、国家が人的資本への投資(=教育)を行うことが必要であり、これには学校教育だけでなく職業教育も含めるべきだということなのだろうと思います。

 

国家の目的は国民を幸福にすることであり、これは経済学的には「社会的厚生関数を最大化する」と表現することができます。

この授業では、「ベンサム型社会的厚生関数」「完全平等型社会的厚生関数」「稼得能力依存型社会的厚生関数」「ロールズ型社会的厚生関数」の四つについて解説されていました。

ベンサムというのは「功利主義」で知られるジェレミ・ベンサムJeremy Bentham, 1748-1832)のことで、ロールズというのは1971年の『正義論』で知られるジョン・ロールズ(John Bordley Rawls, 1921-2002)のことです。

経済的平等度が高い順から、完全平等型→ロールズ型→ベンサム型→稼得能力依存型となるのですが、では、どの社会的厚生関数に基づいて最大化すべきなのかということは、経済学では答えを出すことができません。

 

unemployed-economics.hatenablog.jp

 

結局のところ、私たちがどのような社会を目指すべきかということは、経済学ではなく哲学の一分野である「政治哲学」で考えなくてはならないわけですね。

「経済的自由を重視するのか、経済的平等を重視するのか」「個人の利益を重視するのか、全体の利益を重視するのか」といったことは、国民一人ひとりが判断するしかなく、そのような「社会的価値の選択」の結果として国家の役割も決まってくる。

この「社会的価値の選択」について意思表示する場が、「選挙」ということになるのだろうと思います。

 

今回の授業も、とても面白かったです。

せっかく無料で視聴できるのですから、経済学や財政学に興味がある人は一度見てみることをお勧めします。

国の借金ではなく政府の借金・・・って、それがどうしたの!?

「国の借金なんてウソだ!」と主張している人の多くが、「国の借金ではなく、政府の借金だ!」って言っています。

 

・・・いやいや、だから最初から「政府の借金」を問題にしてるんだってば(笑)

 

政府には中央行政を司る「中央政府」と、地方行政を司る「地方政府」があります。

わが国では法令上、中央政府のことを「国」、地方政府のことを「地方公共団体」と称しています。

現在問題になっている「国の借金」というのは、正確には「中央政府債務」のことです。

私たちは中央政府のことを国と呼んでいるのですから、中央政府債務を「国の借金」と表現することは特に間違いではありません。

中央政府の借金が1000兆円に達しているけど、はたして大丈夫なのかなぁ・・・?」と心配しているのに、「これは国の借金ではない、政府の借金だ!」とか言っても意味ないですよね(汗)

 

中央政府債務を「国の借金」と呼んではいけないのであれば、道路を「国道」とか「県道」とか「市道」とか呼ぶのも駄目なんですか?

私たちは国道という標識を見れば、それが国(中央政府)が管理している道路であることを、県道や市道という標識を見れば、それが県や市といった地方公共団体(地方政府)が管理している道路であることを、正しく認識することができます。

「今年度の国の一般会計予算は・・・」とニュースで聞けば、それが国(中央政府)の予算であり地方公共団体(地方政府)の予算は含まないことを、正しく認識することができます。

じゃあ、なんで「国の借金」と聞くと、その時だけ「日本国全体の借金」と誤認するの?

・・・誰だって、国(中央政府)の借金の話だって分かるでしょ。

というか、もし日本国全体の借金が1000兆円しかないのであれば、むちゃくちゃ少ないから良いことじゃないですか(苦笑)

 

マスコミが「国の借金」について報道するのは、財務省が年4回「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」を発表しているからです。

これは国(中央政府)の債務についてだけで、地方公共団体(地方政府)の債務については含まれていないので、「政府の借金」では正確な表現ではなくなってしまいます。

おそらくマスコミは、国と地方の区別が必要でないときには「政府」、区別が必要であるときには「国」と呼んでいるだけです。

それなのに、鬼の首を取ったかのように「国の借金じゃない! 政府の借金だ!!」とか言っている人たちは、いったい何なんでしょう???

「国と地方公共団体」というのは、たぶん中学校くらいまでに習うんじゃないかと思います。

これも、いわゆる「義務教育の敗北」の一つなんでしょうか(苦笑)

 

こんな馬鹿らしい話を広めているのは、たぶんこの人ですよね。

 

ameblo.jp

 

こんなレベルの話で騙されるなんて、世の中のあらゆる詐欺に引っかかるんじゃないかと思いますが・・・。

経済評論家の三橋貴明(みつはし・たかあき)さんが言っていることを真に受ける人はそんなに多くはないんでしょうけど、「日本人、大丈夫かな?」とちょっと心配になります。

 

unemployed-economics.hatenablog.jp

 

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三橋さんは、2010年には自由民主党公認で参議院議員選挙に出馬しています。

この時には、自民党本部でコスプレパーティーを開催するなどの奇行を繰り広げて落選しましたが、下手すると国会議員になってたんですよね(怖)

政治に関心を持つことは大切なのだなと、改めて思います・・・(笑)