UNEMPLOYED ECONOMICS

失業中で暇な人が経済学を学んでいくブログです。

『MMT[現代貨幣理論]がよくわかる本』

MMT[現代貨幣理論]がよくわかる本』(望月慎著、秀和システム)を読了しました。

 

 

MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)」というのは、最近にわかに注目を浴びている経済理論で、いわゆる非主流派経済学、特にポストケインズ派経済学と呼ばれる経済学派からの影響を大きく受けている理論です。

MMTに強い影響を与えた経済学者としては、アルフレッド・ミッチェル‐イネス(Alfred Mitchell-Innes, 1864-1950)、ゲオルグ・フリードリヒ・クナップ(Georg Friedrich Knapp, 1842-1926)、ジョン・メイナード・ケインズJohn Maynard Keynes, 1883-1946)、アバ・ラーナー(Abba Lerner, 1903-1982)、ウェイン・ゴドリー(Wynne Godley, 1926-2010)、マルク・ラヴォア(Marc Lavoie, 1954-)、ハイマン・ミンスキー(Hyman Philip Minsky, 1919-1996)といった人物が挙げられます。

著者の望月慎(もちづき・しん)さんは、早くからネット上でMMTを紹介する記事を書いていて、俗に「MMT四天王」の一人と称されている人物ですね。

 

では、この本でどのようなことが解説されているかわかるように、目次を紹介しておきたいと思います。

 

第1章 MMTとは

第2章 租税貨幣論

第3章 機能的財政論

第4章 信用貨幣論・内生的貨幣供給理論

第5章 債務ヒエラルキー・債務ピラミッド

第6章 ストック・フロー一貫モデル

第7章 ジョブ・ギャランティ

第8章 MMTの開放経済(国際経済)分析

第9章 MMTによって防ぐことができる様々な誤り

第10章 MMTに関連する発展的な議論

 

MMTに関する基本的な論点が一通り網羅されており、とりあえずこの本を読めばMMTがどんな理論なのか、その概要を知ることができます。

 

今はまだ、この理論がすべて正しいのかは判断できませんが、基本的におかしな議論はなされていないようです。

とりあえず抑えておかなければならないのは、MMT派はリフレ派とは大きく考え方が異なるということです。

中央銀行の大規模な金融緩和によって期待インフレ率を引き上げ、実質金利を引き下げるというインフレ目標政策についても、MMT派はその効果について批判しているようですね。

さらに、MMT派は積極財政派とも異なるようです。

特に、「政府の通貨発行権を行使すれば、徴税しなくてもよい!」といった無税国家論の類とは、MMTは全く無関係です。

MMTでは、タックス・ドリブン・マネタリー・ビュー(Tax-Driven Monetary View)と呼ばれる考え方により「税が貨幣を駆動する」と主張しており、無税国家は原理的にあり得ないとしています。

世の中の多くのMMT批判は、MMTとトンデモ積極財政論を同一視してのものだと思いますが、MMTMMTを騙ったトンデモ積極財政論は別のものであることをしっかり理解しておく必要があると思います。

 

この本には、「MMTでは裁量的財政政策の採用は忌避される」といったことも記載されており、正直言って少し驚きました。

 

 MMTを引用しつつ裁量的財政政策を主張したり、あるいはその逆に、裁量的財政政策への批判をそのままMMT批判に転用したり、という錯誤が昨今目立ちますが、いずれもMMT(あるいはMMT派経済学者)に対する誤解に基づくものです。

 まして、あるインフレ率ないし名目GDPを目指して財政出動するなどといった政策方針は、決してMMTから理論的に導出されるものではありません。

 

この文章を読んだだけでも、「もしかすると、自分はMMTについて誤解していたかも?」と思う人は多いのではないでしょうか?

MMTでは裁量的財政政策ではなく、累進課税やジョブ・ギャランティ・プログラム(Job Guarantee Program:JGP、就業保証プログラム)などの自動安定化政策を志向しているのですね。

 

この本は、基本的に平易な文章で書かれていますが、内容的には必ずしも平易ではありません。

読みこなすためには、少なくとも基礎的な経済学の知識を必要とすると思いますが、それでも、特に反MMTの人にこそ読んでほしい一冊だと思いました。

放送大学『財政と現代の経済社会('19)』第14~15回

録画しておいた放送大学『財政と現代の経済社会('19)』の第14~15回を視聴しました。

 

第14回では「予算論」について、第15回ではこれまでの講義を踏まえて、21世紀のあるべき財政システムの未来像について学びました。

この講義を通じて学んだことは、政府の財政というのは、結局のところ「社会的価値」の選択の問題であるということ。

「限られた財政資源を、いったい何に投資すべきか?」という問題は、「私たちは、どのような国を目指すか?」という問題なのだろうということです。

 

私たち日本人が「持続可能な発展」を目指すためには、日本国を「公共投資国家」から「社会的投資国家」へと転換しなければなりません。

宇沢弘文(うざわ・ひろふみ、1928~2014年)は、自然環境・社会的インフラストラクチャー・制度資本を合わせて「社会的共通資本」と呼びました。

社会的共通資本は「公共財」としての性格を持つので、市場システムではうまく供給されません。

ですから、政府が財政支出することで、社会的共通資本に投資することが必要なわけですね。

政府の財政支出を「費用」ではなく、「投資」として捉えるということが、非常に重要な考え方なのではないかと思います。

 

この講義のテキストでは、資本主義経済の発展を支える資本として「社会資本」「自然資本」「社会関係資本」「人的資本」の4つが挙げられています。

社会資本は、電力・上下水道・鉄道網・道路網・港湾・電信電話網などのインフラストラクチャーを指します。

自然資本は、森林・漁業資源・良好な大気などの自然環境を指します。

社会関係資本は、ロバート・パットナム(Robert David Putnam, 1940-)らが提唱する資本概念で、社会の成員間での「信頼」や「互恵性」に基づいて形成されるネットワークを指します。

人的資本は、セオドア・シュルツ(Theodore William Schultz, 1902-1998)、ゲーリー・ベッカー(Gary Stanley Becker, 1930-2014)らにより開発された資本概念で、個人に体化された技能や知識を指します。

 

この中でも重要なのは、やはり「人的資本」なのではないでしょうか。

社会的投資国家においては、社会保障は「費用」ではなく、「人的資本への投資」として捉えられることになるわけですね。

残念ながら、日本は天然資源に恵まれていないので、資源は「人」しかないのではないかと思います。

教育や職業訓練を通じて、人的資本への投資を行うことによってしか、日本がこれからも経済成長していく道はないのでしょう。

2009年からの民主党政権では、「コンクリートから人へ」がスローガンとして掲げられていましたが、この方針はまったく間違っていなかったのだろうと思います。

日本経済が停滞しているのは、バブル崩壊後に新自由主義に基づいて雇用の非正規化が進められ、そのために人的資本がうまく蓄積されなかったからなのではないでしょうか。

正規雇用を拡大せざるを得ないのであれば、教育や職業訓練の機会を十分に確保するなどして、政府が人的資本に積極的に投資すべきだったのかもしれません。

 

この『財政と現代の経済社会('19)』は非常に面白かったのですが、「公債論」の部分がちょっと内容が薄いのではないかと感じました。

そもそもの問題として、日本の政府債務は維持可能なのか、基礎的財政収支プライマリーバランス)の黒字化を目指すべきなのか、よくわかりませんでした。

「日本は財政再建を目指すべきだ」という前提で議論が進んでいるようでしたが、MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)のような考え方もあるわけで、積極的な投資によって経済成長できるのであれば、短期的な財政赤字は許容すべきなのかもしれません。

今のところ、中長期的には財政再建を目指すべきだと考えていますが、今後はこのあたりを重点的に学んでいきたいですね。

 

経済学や財政学に興味がある人にとって、この講義で基礎的な知識を得ることは非常に有用だと思います。

放送大学は無料で視聴できますので、放送大学生以外の人も興味のある分野について学んでみてはいかがでしょうか。

放送大学『財政と現代の経済社会('19)』第11~13回

録画しておいた放送大学『財政と現代の経済社会('19)』の第11~13回を視聴しました。

 

第11回では、「持続可能な発展」を支えるために政府財政がどのように貢献できるか、第12回では、中央政府と地方政府の間でどのように機能・財源配分すべきかについて学びました。

第13回では、いよいよ「公債論」について学びます。

 

ここでの議論のポイントとなるのは、「政府支出には経済効果があるのか?」「公債発行は将来世代の負担となるのか?」の2点かと思います。

ケインズ経済学の考え方では、最も経済効果が高いのは「中央銀行引き受けにより公債を発行し、政府が財政支出する」場合、次いで「市中消化により公債を発行し、政府が財政支出する」場合、最も経済効果が低いのは「増税して、政府が財政支出する」場合となるようです。

中央銀行引き受けにより公債を発行する」という方法は、日本では財政法第5条で禁止されていますが、市中銀行が購入した公債をただちに中央銀行が購入することで、実質的に中央銀行引き受けにより公債を発行することができます。

日本銀行が現在行っている「量的・質的金融緩和」政策は、実質的に中央銀行引き受けで公債を発行しているということになるのではないかと思います。

しかし、その経済効果については、確かに様々な経済指標は改善したものの、長期的な経済成長を促しているのかというとちょっと疑問です。

結局のところ、ケインズ経済学の枠組みが正しいのは、あくまでも短期的な経済についてであって、長期的な経済については、新古典派経済学の枠組みで考えなければならないのではないでしょうか。

すなわち、深刻な景気後退時に「政府が国債を発行して、財政出動する」政策は正しいですが、長期的な経済成長を目指してそのような政策を行うのは、あまり意味がないのかもしれません。

 

デヴィッド・リカード(David Ricardo, 1772-1823)の「リカードの等価定理」と呼ばれる考え方では、公債発行により財政支出を拡大しても、人々は将来の増税を見越して消費を縮小してしまうので、結局は増税により財政支出を拡大するのと変わりがないことになります。

ということは、公債発行は将来世代の負担とはなりません。

ロバート・バロー(Robert Joseph Barro, 1944-)の「バローの中立命題」と呼ばれる考え方では、「リカードの等価定理」を拡張して増税が行われるのが将来世代であると仮定していますが、それでも人々は子供の負担を見越して消費を縮小してしまうので、やはり増税により財政支出を拡大するのと変わりがないことになります。

ということは、公債発行は将来世代の負担とはなりません。

 

私はこの考え方には、「はたして人々は、公債残高を見ながら消費するのだろうか?」とかなり疑問に感じます。

やはり、公債発行は将来世代の負担となるのではないでしょうか。

ただし、内国債で国民が国債を購入している場合に限り、将来世代の負担とはならないと思います。

現在の日本はこの場合に当てはまるように思えますが、注意しなければならないのは、国債を購入しているのは「銀行」であって「国民」ではないということです。

つまり、将来的には「国民から銀行へと所得移転が行われる」という意味で、やはり負担となってしまうわけです。

確かに、銀行も国民の一部だと言えますが、国民が貧しくなって銀行が儲かることを「負担ではない」と表現するのは、ただの詭弁に過ぎないと思います。

 

では、中央銀行国債をすべて買い取ってしまったとしたら、どうなるでしょう?

この場合は「国民から中央銀行へと所得移転が行われる」わけですが、中央銀行の利益は政府に還元されるので、結局は国民から政府へと所得移転が行われるに過ぎないということになるように思います。

では、将来的にも増税を行わずに国債を増やし続けたとしたら、どうなるでしょう?

この場合は、いずれ「インフレ税」という形で、結局は国民から政府へと所得移転が行われるに過ぎないということになるように思います。

私には、どのように考えても公債発行は将来世代の負担となるように思えるのですが・・・。

 

いずれにせよ、この講義だけで「公債論」について議論するには、知識が足りなさ過ぎるように思います。

この講義を基礎として、今後も「財政学」や「公債論」について学んでいく必要があると感じました。